さよなら下電 〜その1〜

1990年12月31日。曇/雨。
平成2年の冬。当時高校3年生であった僕は、所属していた写真部(自称光画部(笑))のA部長から写真撮影の誘いを受けた。誘いの主は鉄道写真仲間のMだった。正直、大学受験を間近に控えた時期だけに・・・と思ったものの、Mの「下電が廃止されるから今日が最後の撮影なんだ!」という嘆願とA部長の「究極○人●〜るみたいじゃないですか!」という一言にダメを押され愛機CanonEOS630QDを手に大晦日の朝、児島駅を目指した。ちなみに、究○超人あ〜●とは、当時の写真部のバイブル的存在のゆうき○さみ氏原作の漫画である。別に伏せなくてもいいと思われるが(w

ちなみに、当時の日記が手元に残っているのでその手記を元に行動を分析、紹介することにします(藁

以下、青色が日記本文です。

「さて、1990年の最後の日となりました。とりあえず、今日は朝9時にAちゃん(写真部部長)がうちへ来た。20分まで準備して、一路Mの家へ。そこへ自転車を置かせてもらってから茶屋町駅へ。(当時、Mは茶屋町駅の近所に住んでいた。) そして、9時41分茶屋町発の快速マリンライナー(JR瀬戸大橋線)で児島へ。児島駅から徒歩5分ほどで下津井電鉄の駅へ到着。今日でナローゲージの下電が廃止になると言うので、AちゃんとMと3人で撮影を兼ねて乗りに来たのです。」

当時、写真部部長のAちゃんはNIKON F801と言うAFカメラ、Mは僕と同じCanonのEOS750QDを使っていた。僕は愛機CanonEOS630QDにレンズはその時唯一持っていたEF35-105mmF3.5-4.5をマウントしていたはずである。

(当日の下電は)臨時も含めて3本走っていたと思う。とりあえず、10時30分くらいに(児島駅発の下電、たぶん、メリーベル号と思われる)に乗り込んで下津井へ。
児島駅を出発する寸前の下電。
文献や資料から「メリーベル号」で
あると思われます。
僕らはこの電車に下津井まで
乗せてもらいました。
走行中のメリーベル号。
山肌を抜け軽快に!
たぶんですが、琴海(きんかい)駅−鷲羽山駅間
を走行しているのでは無いかと思います。
この構図からも分かるとおり、メリーベル号は
3両編成だったと思われます。
在りし日の下津井駅正面です。
この日は駅構内のプラットフォームは
記念の展示車両と下電との別れを
惜しむ多くの人々とカメラを手にした
鉄道ファンでいっぱいでした(^^
D高校の写真部の面々も来ていて
Mが楽しそうに鉄ちゃん話をしてました。

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